|
「夢の 奥に 潜む 真実」
アスカが歌う。量産型イカスの二百九十一マイナス三号。黒い三角の鉄板に隠された顔の右半分は、皮膚に当たる鉄が剥がれており、目の変わりのカメラが露出している。ヘッドフォンのような耳の部品は赤色で、胸のひし形のガラスは血のように赤い。誰に付けられたのだろうか、そのガラスには大きな傷があった。右上から左下へと伸びた傷。
「現実 さえも 君は 愛す」
アスカに表情は無い。虚ろな左目でどこか遠くを見つめている。ずるり、ずるり、と言う音が、足音の変わりに響いている。その右手には、右腕を切り取られた量産型イカスの左手が握られていた。それにはもう三角の鉄板が無く、目が閉じられている。
「空の 色は いつも 赤い」
アスカが歌う。彼はどこで彼を見つけたのだろうか? 使命を果たした彼は、どうやって彼に出会ったのだろうか?
「暗い 底に 君は 泣いた」
世界はまだ始まっていない。だが、目を覚まして立ち上がってはいる。 地面は黒く、草が一本も生えていない。空は赤く、ようやく月と星に灯りが灯されていた。森も川も海も壁も、全てが遠ざかった空間。彼は生まれた。この世界に生まれた。
「幻 愛した 君は 泣いた」
アスカは歌う。そこに光は無い。彼は彼より先に生まれたのか? それとも、彼の方が先だったのか? 今はまだ仮初の世界に、奇形樹は笑う。そろそろ、世界は生まれるだろう。 アスカが辿り着いたのは、常闇の孔だ。底などない、どこまでも闇が続く孔。アスカは、右手と鉄板が無い彼を放り投げた。音もなく沈む彼は、ほんの少し、ほんの少しだけ、微笑を称えている。
「君は いつか 夢を 見るよ 壁と 壁の ガラス 砕き 恋と 愛を 信じ 生きて ああ 待ち人遅し それでも 信じて 生きて 生きて 大人に なるよ」
孔雀は顔を上げ、こちらをじっと見た。私はそれを見返した。アスカの歌は、勿論届いている。孔雀はこちらを見ているだけだった。嘴を少しも開きはしない。それでも構わない、と、私は思った。私には、おそらくまだ時間がある。彼が手を差し伸べてくれるまで、待とう。
「愛しているよ、私は。だから、待っていてくれ。きっと、いくから」
この声は、アスカには届かないだろう。 アスカはじっと常闇を見つめていた。彼が落ちても、尚見つめていた。何も考えていない、何も感じていない、その言葉がしっくりくる表情をして。しばらくして、彼は踵を返した。今度は何も歌わずに。右腕が、僅かに震える。短い瞬き。キィィ、と、カメラが音を立てた。遠くに見えるは、山のような鉄くず。もしくは、命を失った屍骸たち。アスカはそこに住んでいた。いつの日か、自分が生まれることを信じて。
「それで、彼は死んだんだね?」
シャドルが、木の枝に座っている。ミライはその木の根元に身を委ね、のんびりとハープを爪弾いていた。ほろりほろりと響く旋律。ミライは、返事をしなかった。ただ、感情が読み取れない笑みを浮かべているだけだ。
「彼は、本当の血の香りを知っていなかった。人の香りがしたわ」
ようやく、ミライが返事をする。その感覚は、短いようで、長いようで、永遠かもしれないほど気の遠くなる時間だったかもしれないし、心臓が一度動いただけの時間だったかもしれない。
「それに、耳も聞こえていなかったようだしね。声も出せていなかった」 「そして自由を望んだわ。世界から逃げられるはずも無いのに」 「彼は孔雀にはなれなかった。生まれて、生きることを求めたから」
それが正しいのか、それとも間違っているのか、その答えはここには無い。この世界の名はアスカ。つづりをあえて書くのならば、『ASK*』である。*の後に数字は無い。つまり、永遠に繰り返す、ということになる。
「それじゃあ、俺は寝るよ。おやすみ」 「そうね、おやすみ。よい夢を」
ミライのハープの音。それは悲しいようで、切ないようで、だがしかし、歌詞は悦びを歌っていた。
Fake ALIAs future. Angelica is shadow of the heart. ASK me, ASK you, and forever.
クリスタルランド。全てが滅びた地。そこで、一人の機械が目を覚ます。イカス291号。マイナス5であった彼は、地下深くで眠らされていたのだ。階段を上り大地を踏みしめ、彼は思う。
「しあわせなど、どこにもありゃしない。愛も真実も心理も神も、全ては幻」
黒い空。星の無い夜空。何も無い地平線。沢山のなきがらたち。
「絶望を知りたくなければ、希望を捨てよう。僕は生きない。僕は死なない。誰かを信じれば裏切られるなら、友情など潰してしまおう。全てを愛するなら、全てを嫌え。怒り、恨み、悲しみ、悦び、僕らは大人になってゆく。……そうだな、今なら……歌を歌えるかもしれない」
ASK、SIDE KILLER or... 私がいつも思い出すのは、小学校から中学校の思い出である。あの場所で、私は世界をのびのびと歌うことが出来た。皮肉なことだ、一番恨めしいその記憶が、今の私を作り出しているのだから。 ペンを置いて、椅子から立つ。布団に入り、電気を消す。 そうだ、三年前のことである……私は決して、人を信じなかった。 もう、道を歩いていくしかないのだ。何もかも解らないまま、見えない恐怖と共に、私は終末を迎える。その時は……おそらく、彼らのことを思い出すだろう。
この話は、ここで終りとする。さようなら、今の自分。明日は……ようやく、誕生日だ。
(おはなし・おしまい) |